![]() コロンビアの首都サンタフェデボゴタの、大統領府からほど近いところにある、メディシナ・レガル(法医学鑑定所)を中心に葬儀屋が軒を連ねる界隈は、エル・カルトゥーチョ(火薬庫)と呼ばれ、ボゴタ中でも特に治安の悪い無法地帯である。麻薬、少女売春、銃器、殺人、サタニズム、あらゆる悪徳の巣窟であり、ジョンキ(ジャンキー)、シン・テチョ(ホームレス)、ガミネス(ストリート・チルドレン)の一大ゲットーでもある。ここは毎日飽きもせず人がよく死ぬ。警察はろくに検視もせず毎日のゴミ回収のように死体を運んでいく。それは現場から1クアドラ(ブロック)先のメディシナ・レガルに運ばれて解剖され、検死が下りると向いの葬儀屋に引取られる。死体は殺害現場から100メートルも移動していない。いったいこの狂った機能性は何なのだろうか? フロイラン・オロスコはこの世界一忙しい葬儀屋街の最長老エンバーマーである。その40年にも及ぶキャリアの前は警察官だった。オロスコはトリマの出である。彼が18歳のとき、トリマで農民25万人が武装蜂起した。彼は軍に入隊して討伐に加わったが、ついにトリマは農民に奪われた。復讐の怒りに燃えるオロスコは除隊後、警官として農民、自由党員を迫害した。そしてオロスコは27歳のときに突如エンバーマーに転身した。そして一心不乱に、それまで自ら手をかけて殺した者の数をはるかにしのぐ量の死体をエンバームしてきた。償いの意味があるのかどうかはわからないが、彼はほぼ毎日休まず、月に約100体もの死体を淡々と処理してきた。どんな大男の死体も1人で取回す頑強な体躯を持つタフを絵に描いたような男、顔に刻まれた皺の1本1本がコロンビアの“ラ・ビオレンシア(暴力の時代)”の苦悩を雄弁に物語る。 オロスコは低所得者のために最低限のサービスを安値で提供するスタンスのエンバーマーだ。遺体の身体を洗ったり、鼻や口に綿や布を詰め込んだり、服を着せたり、化粧を施したりと、日本の湯灌業者がやるような作業もひと通りやる。エンバーマー、フロイラン・オロスコは大胆に腹をかっさばき、内臓を体内から切り離し、体腔を水洗、戻して腸をバラバラに切り裂いて、ホルマリンをぶっかけて、その上からボロ布を押し込み、タコ糸で縫って閉じる。オロスコが使う道具は医療器具に限らない。というか医療器具は高価であまり使わない。スカルペル(メス)を使ったりもするが、精肉用のナイフのこともある。精肉用ナイフは、考えてみれば当然だが、非常に実用的で使い勝手がよい。時にオロスコの仕事は野蛮に見える。しかし熟練の技術に裏付けられた所作は無駄がなく、流麗で、儀式と呼んでいいほどに美しい。いかついオロスコが女性の遺体に上手にストッキングをはかせたり、顔に繊細なメイクを施す様子はユーモラスではあるが、彼の仕事に対するプライドと情熱がびしびしと伝わってくる。 そして今、老エンバーマーが死を間近に意識しながら、死体を処理する姿はもはや“司祭”であり、血みどろのコロンビアの現実への祈りを浮彫りにしている。いったい今までに5万体もの死体を死化粧し、弔ってきた男の最期の死に場所とは? |
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